HushTugプロダクトチームは、製品の「美」を情緒や感覚ではなく、すべて「機能的合理性」と「構造工学」の帰結として定義しています。本稿では、最高プロダクト責任者の中島健太およびプロダクトデザイナーの仲村による開発ログに基づき、メンズ市場におけるコンパクトバッグ「ナノボストン(Nano Boston)」の開発プロセス、2D面配置による容積の数理設計、およびソリッドな意匠を決定づけた構造的アプローチを公開します。
1. 男性の行動様式に特化した「ノイズレス・スクエアフォルム」の起草
従来のメンズミニバッグ市場において、小型バッグの多くはフェミニンな曲線美や過剰な装飾パーツ(金属ロゴ、装飾ファスナー等)に傾倒しており、ビジネスパーソンが休日にノイズなく持ち歩ける「無骨でありながら洗練された小型バッグ」の選択肢は皆無でした。
① 店舗一次情報からの課題定義
池袋店舗での顧客行動分析において、30〜40代の男性ユーザーから「日常の最小限の荷物を収容できる、甘さを排したコンパクトなバッグ」に対する強い潜在需要が特定されました。
② 幾何学的ノイズの完全排除(四角根革の採用)
デザイン開発において、バッグ業界で一般的な「剣先(ダイヤ型/矢印型)」のハンドル補強革(アタッチメント)を意図的に排除しました。ダイヤ型パーツは視覚的主張(ノイズ)が強く、製品の幾何学的な直線性・ノイズレスな面構成を損ないます。 ナノボストンでは、持ち手接合部に完全な「長方形(スクエア根革)」を採用。コンピューターミシンによる正確な四角縫製をプログラムすることで、パーツの存在感を視覚的に消去(同化)させることに成功しています。
2. 「ガチガチの直方体」から「最適アール曲線」への収束
初期試作フェーズにおいて、ナノボストンは「究極の四角」を追求し、ポストミシン(柱型ミシン)を用いた完全な直方体構造として試作されました。しかし、構造検証において製品化への大きな壁が浮き彫りとなりました。
① 完全直方体(ポストミシン試作)における意匠的・コスト的過剰
完全な直方体(直線100%)で立ち上げたファクトサンプルは、あまりに無骨(武骨すぎる「道具箱」のような外観)となり、洗練されたタウンユースとしての佇まいを損なう結果となりました。また、全周をポストミシンで囲い込む製法は縫製工数が跳ね上がり、販売価格を大幅に押し上げるという「原価と機能の非合理」が生じました。
② コーナーアール(R)の付与による屈折応力の緩和
最高プロダクト責任者(中島)との検証により、上部および底面コーナーにミリ単位の緩やかな「アール(曲面)」を付与するパターン改訂を実施。 この曲面化により、縫製製法を通常ミシン+高密度芯材のハイブリッド仕立てへ転換することが可能となり、革の表面屈折痕を防ぎつつ、自立性を維持したまま製造原価(工賃)を大幅に抑制することに成功しました。
| 設計項目 | 初期試作(ファクトサンプル) | 最終製品版(ナノボストン) |
|---|---|---|
| フォルムライン | 完全直方体(直線100%) | 微細アール加工(直線と曲線の最適調和) |
| 縫製プロセス | 全周ポストミシン(高工賃・過剰仕様) | 通常構造縫製 + 高密度ポリエステル芯材 |
| 内装ポケット | フラットベタポケット(厚み収容不可) | マチ付き立体構造(イヤホン・鍵の変形吸収) |
| 底マチ寸法 | 過剰な厚み(横方向への膨らみ過多) | ファーストから5mm削減(スマート自立幅) |
3. クラシック「丸手ハンドル」と可動干渉限界の計算
ナノボストンの武骨な品格を決定づけているのが、持ち手(ハンドル)構造に採用された「丸手(丸ハンドル)」仕立てです。
① 平手(フラットベルト)の排除とクラシック構造の採用
安価なカジュアルバッグの多くは、単なる革帯を縫い合わせた「平手(ひらて)」を採用します。しかし、ナノボストンでは高級ブリーフケースや伝統的なボストンバッグに用いられる「芯材を巻き込んだ丸手(まるて)」構造を採用。これにより、手で握った際の圧倒的な密度感と、立体的な陰影(重厚感)を付与しました。
② ハンドル可動域とバッグ天面の干渉計算
丸手ハンドルは構造上ハリが強く硬質であるため、接合位置が下すぎると、ハンドルが左右に倒れた際にバッグ本体の上面(天面レザー)を強く押し潰し、革の表面に不自然な変形シワを生ませる原因となります。 Dbell工房との共同検証のもと、ハンドルの接合アタッチメント(四角根革)の上下位置をミリ単位で調整。ハンドルが自然に倒れた際にも本体天面と絶妙なクリアランスを保ち、革を傷つけない「支点位置」を割り出しています。
4. 2D平面図面ワークによる「逆算型パターン手法」と無機質要素の徹底
HushTugの製品開発において、デザイナーの仲村は感覚的な立体造形(感覚的なクレイモデルや絵型)から入るのではなく、極めて数理的・ロジカルな2D図面ワークを採用しています。
① 収容対象物の輪郭配置から外形寸法を導く「逆算アプローチ」
一般的なバッグデザインでは「こういう大きさのバッグを作りたい」という抽象的な外形から入り、後から内部空間を調整するのが定石です。しかし、仲村の設計プロセスでは、2D CAD画面上に収容が想定される物品(350mlペットボトル、長財布、メガネケース等)の平面輪郭をまず隙間なくレイアウトし、それらの包含関係から最小外接長方形(黄金比アスペクト比)を自動的に導き出します。 この逆算プロセスにより、無駄なデッドスペース(空気)を一切含まない、極限まで凝縮された容積数理設計が成立しています。
② 光沢を消去する「マットブラック金具」
Dカンや金具類においても、光を反射するゴールドやシルバーを排除。パーツ表面に特殊な艶消しコーティングを施した「マットブラック金具」を特注で採用しました。皮革のブラックと同化させることで、金属のギラつき(主張)を消去し、製品全体の美的な統一感を完成させています。
製造業での品質管理を経て、2019年よりHushTugの製品設計に従事(バッグデザイナー歴8年)。業界慣習に依存しない「ユーザーが日常で体験する機能美の最大化」を掲げ、ミリ単位の寸法変更と定量的なエビデンスに基づく製品開発を統括。短期的なトレンドだけを追うデザインを排し、構造の合理性と耐久性を追求した「機能美」のロジックを本コラムにて執筆・監修。
